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そのまんま東ホームページおよびそのまんま日記は
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大変お手数ではございますが、
ブックマークの変更等宜しくお願いします。
 

つわぶきマラソン (11月22日 00時31分)

 19日(日)日南つわぶきハーフマラソン。奇跡かと思った。天気予報では雨だったのに、何と、晴れたのだ。信じられなかった。ちょっと薄気味悪い気さえした。
 マラソン本大会において、雨が降らないというジンクスはまたまた更新された。
 
 参加者の方々は、結構そのことを知っていて、「東さん、やっぱり晴れ男ですね〜」なんて声を掛けられたりした。
 
 レースの方は、手許の時計で1時間36分。沿道からの暖かい応援に応え、手を振りながらのランは、まぁ、これくらいの時間かな。
 というか、やっぱりスピードを上げると左股関節が痛くなる。1km、4分を切るペースだと、痛くなるのだ。4分30秒〜5分くらいだったら平気である。ほんと弱ったな〜。
 
 マラソンの途中、ランナーに「東さん! 最近、日記が読めないですね!」と声を掛けられた。
 月曜日に岩佐さん(管理人)に早速電話して、このHPの容量を大きくしてもらった。これからは、かなりのアクセス量に対応出来るとのこと。
 
 走り終わって、近くの簡保の宿で温泉に入り、Qちゃんの走りを観た。ちょっと泣けてしまった。
 また、リスタートして頑張って欲しい。
 
 宮崎はここのところ連日快晴で、日中20℃近い気温である。どうしちゃったんだろう? 11月下旬だというのに、この暖かさである。まぁ、僕にとっては走り易いし、大歓迎なのだが・・・・・・
 21日は、一ツ葉を17kmJOG。一ツ葉辺りは、フェニックストーナメントの興奮がまだ残っている感じがした。
 
 22日は東京に戻る。羽田から走って皇居コースの予定である。皇居から八重洲のグローバルマッサージへ行く。
 
 お詫び・・・・・・・PCのフォルムからメールを頂いている方々へ。
 どうもPCの調子が悪く、返信メールを思うように送れません。本当に申し訳ありません。
 
 
 

やっと (11月18日 10時24分)

 やっと、日記を開くことが出来た。ずっと、「混雑」していて開けない状況だった。
 どうやらアクセスが多かったことが原因らしい。何故、突然、アクセスが増えたのだろう? 宮崎の談合事件と僕は殊更無関係である。まぁ、何となく分かる気はするが。
 17日(金)終日、山口・下関市(豊浦町)でロケをやった。21時過ぎに終わって、新下関駅から小倉まで新幹線で行き、そこから23時52分発の「ドリームにちりん」で日豊本線を下った。「ドリームにちりん」て寝台車かと思ったが、違った。
 小倉〜宮崎間、日豊本線に乗るのは実に35年振りだった。最近、むしょうにこのラインに乗ってみたかったのだ。
 
 昔、芸人を志し家出をしたことがあった。目指したのは大阪の地だった。その時、日豊本線を上った。14歳(中2)の冬である。あれから35年である。
 その時は、門司港駅で補導され、下関署の留置場に保護された(笑)。
 あの時、僕は、「芸人になる」という確固たるビジョンと信念を持ち、本場大阪を目指したのだった。少年の純粋でかつ堅固な志だった。
 
 今回、僕は、49歳にして一体どういうビジョン・グランドデザインを持ち、どこを目指して日豊本線を下ったのだろう?
 
 しかし、小倉の人々は面白い。僕がホームで電車を待っていると、とある男性が「あれ? 東さんじゃないですか? お寿司食べに行きませんか?」だって。これにはちょっと笑った。
 
 途中、大分駅で2時間のトランジット。気分転換に駅の構内を散歩した。階段の下で寒そうに寝ていたホームレスの人が寝言で「ジュワッチ!」と叫んだ。
 
 宮崎駅に着いたのが朝7時前。お陰で、余り寝ていない。今、凄く眠い。
 寝ないつもりで朝からずっと勉強。本を読んでいると眠たくなるので、ダンロップフェニックストーナメント、タイガーウッズでも観に行こうかな?と思ったが、生憎の雨。
 
 ヤバイ! 明日、雨の予報である。明日は日南つわぶきマラソン(一般参加)である。この12年間、マラソン大会で一度も雨が降ったことがないという正のジンクスは、ついに破れそうである。トホホホ〜
 
 頭来たから、ちょっと、不貞寝でもしようかな〜
 

談合前線 (11月17日 00時19分)

 10月に胃カメラを飲んだ検査結果が出た。何も異常は見当たらないとのことだった。ピロリ菌もいないらしい。
 一安心というか、ちょっと拍子抜けした。健康であることは大変有り難いことなのだが・・・・・・・・それにしても、空腹感がシャープでは無い。どういうことだろう? 単に歳なのかな〜?
 
 3日間連続で20km走をやったら、さすがに右足股関節が限界である。19日(日)は、日南つわぶきマラソンである。もしかして、雨かも! ヤバ! マラソン大会で一度も雨が降ったことがないというジンクスが危うい!
 
 それにしても、走っていて、何でこう鳥から糞をかけられるのだろう?この2週間で3回もかけられた(笑)。ちょっとショックである。雨男ならぬ糞男。
 一度は、宮崎県立美術館から走って帰る途中。犯人はムクドリ。後は、駒沢公園。犯人はカラス。
 奴らは光物を狙って来るらしいが、やっぱ、おでこがそうだからかな〜〜
 
 鳥と人間は共生している。謂わば、人鳥平等参画社会である。僕は、鳥に一度も糞をかけたことは無い。しかし、彼等はかけるのだ。とても理不尽だ。
 
 渋谷のスーパーで、ある中年女性に「私、昔、タケちゃんマンのチアリーダーをしていた者です」と声をかけられた。その昔、タケちゃんマンのオープニングで、師匠と一緒に踊っていたチアリーダーがいた。その中の御一人らしい。
 僕は、あの撮影のとき、現場にいた。
 「東さんは、タバコとお茶を持って、たけしさんの側にずっと立っていました」
 まぁ、そんな純な(笑)時代もあったんだな〜
 
 宮崎県の土木部長等10人が、県発注工事に関わる談合容疑で逮捕されたらしい。やれやれ。
 福島県から、段々南下している感があるな〜〜談合・裏金前線。一旦南下したら今度は北上するのだろうか?
 まぁ、どこの自治体も一喜一憂しているのかも知れないが・・・・・・・・・
 
 今日、朝6時50分の飛行機で山口である。CX「へキサゴン」の「この人だ〜れ」ロケ。朝5時30分部屋出発である。あ〜〜、また徹夜ぎみで一日仕事になる気配だ。頑張って、根性で一日を乗り切ろう!
 

angagement (11月14日 20時11分)

 駒沢を走っていてちょっとビックリした。いつもいるホームレスのおじさんが、携帯電話で話していたのだ。
 しかも、彼とすれ違うとき、彼の会話の中から「・・・番号ボータビリティ・・・」という単語が一瞬聞こえた。彼は、誰かと話しているのだ。それも、番号ポータビリティに関する話をしているのだ。
 
 しかし、彼はどうやって携帯電話を入手したのだろう? どうも拾ったり盗んだりしたものでは無いようだ。
 ならば、購入代金は? 携帯に関する特別な助成制度があるのか? 住所や身分証明の要件はどのようにクリアーしたのだろう? 住所は駒沢公園なのか? 料金は銀行からの自動引き落としか? 払い込みの場合、請求書はどこに送られて来るのか? 写メを撮ったりするのか? ファミリー割引なのか? メルアドはあるのか? どういうメルアドなのだろう? メルアドあったら、ちょっと知りたい。 話している相手は一体誰なのか? ソフトバンクがCMに起用すればいいのに・・・・・まさに想定外。
 様々な興味・疑問が沸き起こる。
 
 もしかしたら、彼は、どこかに住居を持っていて、決まった時間に、ホームレスとして駒沢にいるのかも知れない。いや、それはまず無いと思う。彼の生活環境・様式からして、駒沢に定住?しているホームレスさんだと思う。
 僕は、彼のことの多くを知らない。目線が合えば、軽く会釈するくらいで、話したことは無い。
 
 しかし、ここでの本質は、彼が携帯を持つことの事実・現象より、寧ろ彼が携帯を持ち得る社会・国家であることの日本の有り方なのだろう。普通ならそう考えるべきである。
 そういう視座で言えば、この社会・国家統治は「良好である」と言えなくも無い。この国は、ホームレスが飢えない国家なのだ。
 
 しかし、人が自らの命を落とす国である。
 
 アンガージュマン。もし彼が、その入り口として携帯電話を所有し、そこからアンガージュマンとして社会との接触・連携・参加を模索・実践しているのだとしたら・・・・・・・
 
 彼がサルトルを読んだかどうかは知らないが、現実から逃避・避難することなく、現実そのものに関わる自由な主体として生きている彼の姿は、様々な領域で二極化する昨今の社会、彼がその犠牲になっているとしても、とまれ閉塞的な社会のその中で一つ「自殺する消極的主体」と実に対照的に力強く思えてならなかった。
 
 冒頭、僕が「ちょっとビックリした」と申し上げたのは、寧ろそのことにビックリしたのだ。
 
 

明鏡止水 (11月11日 16時16分)

 ここ連日、駒沢を走った。やはり、駒沢に行くと何となくホッとする。我が家に帰って来た感じである。
 厚川さんに会った。元気そうだった。
 厚川さんは、来るホノルルに向けて、長い距離を走りこんでいるだけあって、日焼けし、足も引き締まっていた。
 来年2月の大東京マラソンは抽選漏れだったので、ボランティアスタッフとして参加するらしい。偉いな〜
 
 先日、早稲田に行ったとき、ある学生に声を掛けられた。その学生は去年僕にインタビューを申し込んで来た学生だった。
 彼は、ゼミの自主研究で「そのまんま東研究」を取り上げ、僕にプライベートでの取材を依頼して来た。
 その彼は、今、4年生で就活(就職活動)中。既に、某三大新聞社の一社と民放キー局の一局に内定をもらったらしい。実に優秀だ。
 「東さんにインタビューをし、論文をまとめた話を面接でしたら、大層受けまして・・・・・お陰様でどうもありがとうございました・・・・・」とのことだった。
 
 何だか、「教え子が育って行くような」そんな気持ち。
 きっと、教職者が生甲斐を感じる瞬間とは、こういう瞬間なんだろうな〜と思えるような感慨・感動だった。
 
 久々に子供達と食事会。メールや電話は普段交換しているが、会うのは2ヶ月振り。会う度に成長している姿にある種感慨・感動を覚える。同時にすくすくと育っていること、また育ててもらっていることに対して妻(元妻)に感謝の念を抱く。
 子供の成長の有り方は、その環境の現在を反映し、如実に物語っていると言えよう。
 
 早稲田二文時代のT女史からメールが来て、二人目の子供を無事出産したとのこと。
 母子ともに健康そうで、本当に良かった。赤ん坊は無垢である。子供は大人(親)を勉強・成長させてくれる。彼女も今後我が子から、多くのものを学ぶことだろう。
 
 今日は、生憎雨模様である。晴耕雨読。たまには、雨と幼少の原風景でも眺めながら、明鏡止水の境地にでもならなければなるまい。
 

早稲田 (11月08日 20時58分)

 7日(火)宮崎から東京へ。羽田から走って帰った。羽田から渋谷までは最短で13km。風が強かった。
 たかだか13kmだったが、5日の霧島登山マラソンで下半身がパンパンに張っていたので、ちょっと辛かった。登山は、当たり前だが、やっぱり走りとは違う筋肉を使うらしい。特に太腿が辛かった。
 
 走った後、八重洲グローバルマッサージへ。筋肉が張っていたので、これがまた死ぬ程痛かった。
 
 その後、都城出身の先輩方と銀座で食事会。銀座資生堂ビルの10Fにイタリアレストランがあって、そこのチーフシェフの母親が、都城泉ヶ丘高校の先輩なのである。
 食事の方は、最高だった。
 
 銀座には、「ミヤチク(宮崎の畜産)」という宮崎牛の店がある。ちょっと顔を出そうかな?と思ったが、時間が無かった。今後、行ってみよう。
 
 8日(水)早稲田大学で講演。講演というより、殆ど漫談?トーク?(笑)。15号館、700名以上入れる教室。学生としては何度か行ったことがあったが、講師として、あの教室で教壇に立つとは思わなかった。人生って、ほんと分からないもんだ(笑)。
 スタッフが言うに、早稲田内の調査によると、僕は「尊敬出来る早稲田生・卒業生」の中で上位にランクされているのだそうだ。一瞬、自分の耳を疑ったが、大変有り難いことである。本当に恐縮である。
 因みに、昨日は丸山弁護士だったらしい。
 
 早稲田、久々だった。やっぱり、あのキャンパスの雰囲気は最高だ。生協に行って、欲しかった本や文房具を購入。
 
 その後、高田馬場に10月OPした店「ぼっけもん」にちょっと立ち寄った。
 都城出身の方がオーナーの宮崎料理の店である。中々いい感じの店だった。早稲田にしてはちょっと高級かな?(笑)。今日は、ちょこっと挨拶しただけだったが、今度の東・今泉会、あそこにお世話になるの、どうだろう? 
 まぁ、今泉君のプリンセス次第だけど(笑)。
 

霧島登山マラソン (11月06日 13時54分)

 3日(金)午前中HBCの生番組が終わり、北海道・札幌から羽田へ。羽田から皇居まで走った。皇居を1周し、八重洲グローバルマッサージに行った。
 
 4日(土)CX「クイズヘキサゴン」収録(12月13日19時〜OA予定)
 予選ペーパーテスト最悪。「一桁の素数の合計は?」の問題に対して僕の答えは「18」。正解は「17」。「そうだ!「1」は普通、素数に入れないんだった!」と気付いたときには、時既に遅し。
 「メガ」は10の何倍?という問いに対して、最初、「10の6乗倍」と書いて置きながら、再度見直しして、何を考えたか、「6倍」と書き直した。最悪である。
 全てこんな調子。才能無い。
 
 ヘキサゴンが終わり、そのまま羽田へ。スターフライヤーという飛行機で北九州に飛んだ。
 このスターフライヤーという航空会社は、23時台の飛行機まである。
 
 深夜に北九州空港に着いて、そこから稲森迎えの車で宮崎県・小林市へ移動。紀の島温泉に到着したのは殆ど朝方。
 そのまま殆ど寝ないで、5日(日)霧島登山マラソン(高原町スタート)に参加。霧島登山、死ぬかと思った(笑)。
 天気は快晴。最高気温25℃の絶好のコンデション。しかし、本格的な登山(山道・獣道)になってから、しんどかった。登り慣れてないためか、徹夜明けのせいか、呼吸が苦しくなり、普段使わない筋肉を使い、結構大変だった。
 しかし、ゴールの高千穂峰山頂(標高、約1500m)は空気も美味く、そこからのロケーションは奇跡的に美しかった。ほんと、最高の眺めだった。まさに絶景。
 
 このレースは、ゴールしたら自力で下山しなければならない。この下山がまた大変だった。登りより下りの方が大変である。レース用のシューズだったので、ソウルが薄い。これが、滑る滑る。何回もこけながらやっと下山出来た。
 
 大会(懇親会)から、お土産に肉を貰ったので、夜、宮崎市に帰って、同級生達と焼肉大会。とても美味かった。
 

まだ札幌 (11月02日 20時19分)

 まだ札幌にいる。明日3日、午前中の生番組に石田純一さんとダブルゲスト出演して、午後、東京に帰る。
 
 1日(水)ホテルから札幌ドームを往復JOG。月寒にあるドームは意外に遠く、往復18kmだった。
 おまけに、走った15時以降は気温5℃。北風強し。超寒かった。もう冬である。
 札幌ドームの前にある、今、札幌では一番美味いのではないか?と評判のラーメン屋さん「福八」を確認。走りの途中だったので食べはしなかった。で、今度、いつ食べれるのだろう?
 
 しかし、札幌は日没というか、暗くなるのが早いような気がする。宮崎よりは緯度が高いから当然だろうが。
 16時過ぎには暗くなり始め、17時にはもう真っ暗である。だから、走り出しの時間を少し早めなければならない。
 
 身体が冷えたので、走った後、サウナに行ったら、漫才「かつみ・さゆり」のかつみ君に偶然バッタリ会った。変なところで会うもんだ。かつみ君はサウナ内にある非常口の説明書きをじっと眺めていた(笑)。
 
 2日(木)ホテル〜北海道大学〜円山公園、17kmJOG。今日も寒かった。
 北大の敷地は広大である。その広さにちょっとびっくりした。やはり、大学はああでないといけないと思う。大学内中央を横断しているポプラ並木は1km以上有り、紅葉がとても綺麗だった。
 
 北海道大学から円山公園に行った。途中、通行人に、円山公園の場所を聞いたら、「円山公園まで走って行くのか?」と大層驚かれた。
 円山公園内、北海道神社、競技場を回り、大通り公園を帰って来た。
 札幌の雰囲気は相変わらず最高である。これから本格的な冬に入ろうとしている札幌。それはそれでまた趣がある。まぁでも、冬は走れないよな〜
 北海道のランナー達は、冬の間、どうしてるのだろう?
 

宮崎〜札幌 (10月31日 17時31分)

 29日(日)宮崎・綾ハーフマラソンを走った。当日の天気は快晴。マラソン大会で雨が降らない記録をまたまた更新。
 午前10時のスタート時に既に気温は22℃を超えていた。ゴール時は26℃を超えていたと思う。暑いのは大好きである。おまけに、照葉樹林の空気が澄んでいて、本当に気持ち良かった。
 
 去年と同じく、後方からのスタート。その時点で3分くらいのロスがあった。
 途中、前のグループが僕の噂をしていたので、突然後ろから「何でしょうか?」と声をかけたら、大層驚いておられた(笑)。
 
 途中、70歳代の方を追い越した。少し併走させて頂き、話をさせてもらった。都城市の方だった。ある意味、70歳まで走るというのが、僕の目標である。大変励みになった。
 
 ゴールタイムは、手許の時計で、1時間34分12秒。まぁ、今は、こんなもんだろう。
 
 終わって、夕方から、鵬翔高校の先生方や宮崎銀行の支店長(友人)らと、打ち上げ。皆さんから持ち寄られた、鮎や天然の鰻、カニなどを七輪・備長炭で焼き、舌鼓を打った。最高の一日であった。
 
 30日(月)宮崎から北海道(札幌)に移動。羽田でのトランジットも入れ、約7時間かかった。
 26℃の宮崎から、3℃(到着時)の北海道へ。やはり、日本は長いのだ。
 
 都城泉ヶ丘高校、九州大会ベスト8でコールド負けしたらしい。これで、甲子園選抜は難しいかも。残念。先日、OBとして寄付したばっかりなのに(笑)
 
 31日(火)「トークDE北海道」という番組に生出演。午後ゴルフ番組の収録。
 終日仕事で走れなかった。というか、札幌は今日、明日と雨の予報。折角の久々の北海道なのに、走れないのはちょっと残念である。
 
 今、札幌のネットカフェである。1Fがコインランドリーという変わったネットカフェである。しかし、助かる。今、洗濯しながら、この日記を書いている。そろそろ乾燥機に入れ、その間、スポーツマッサージ「てもみん」に行く。何と、効率的なのだろう。札幌は、やはり外さない街である。
 

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