ジェンダー2
 土曜日、授業が終わってから、和食を食べたのは高橋君と、高橋君の友達の同性愛の女性(彼女はそのことをOPにしている)。このHPで彼女のことを書いていいか? と聞いたら、できれば実名も書いて欲しいと言われ、こっちがちょっとたじろいだ。彼女とジェンダー論について議論すると面白い。中々魅力的で実に聡明な人間だ。  日曜日、殆ど睡眠を取れず、宮崎行きの機上の人となる。末吉町の文化センターで、1時間30分の講演。講演といっても、コンテンツは雑談で終わってしまった。聊かちゃんとしたことも喋ろうかなと思っていたら、制限時間の90分が経っていた。  夜8時くらいに、羽田に着いたら雨が降っていなかったので、そこから走って帰る。が、しかし、3キロほど走った辺りで雨が降りだし、雨脚が以外に強いので、走りを断念。吉武の運転する車に拾ってもらって帰途。  帰ってシャワーを浴びていると、高橋君から電話。「今日、ダービーに行ったら、出走に遅れてしまって買えなかったんですよ」「良かった、良かった。結果的には、馬券は買わなかったんだね?」「ハイ」「良かった、良かった。学生は競馬はできないんだよ」「・・・・・・・・・」  高橋君が御飯を食べたそうな声を出すので、近くの焼き鳥屋に高橋君の友達の河野君と3人で行く。男3人。そうだ、男3人と言う事は、これはカラオケに行くしかない。そうすれば、ゴールデンウィークの時の山口君達の気持ちが分かるってもんだ。  僕ら、3人はそのままカラオケへ。カラオケで驚いた。高橋君も河野君も20歳なのに、いきなり入れた曲が、泉谷しげるの『春夏秋冬』何それ? S40年代の歌だ。その後、吉田たくろう、キャンディーズ、松山千春、本当に君達、若者?  「僕ら、ギャルギャルとカラオケ行くと、ひかれるんですよ」 そりゃそうだろう? その後も、長渕剛、尾崎豊、チューリップ、さだまさし、アリスとフォークのオンパレード。それもナルシスティックな熱唱。何じゃそりゃ? 一体どうなってんの? そりゃぁ、高橋君もてないよ。やっぱり、僕らは負け組みなのかな。 フムフム。  
2001年05月29日 01時47分05秒

ジェンダー
 4月から始まった、月刊アサ芸の対談で、キッドと3人で、伊集院君を迎えてトーク。心のチンポがでかい人、ベスト10で盛り上がる。内容は、来月の月刊アサ芸を読むべし。  対談後、キッドの小野(水道橋)と、男と男の固い約束をして別れる。内容は今はまだ言えない。御免。    そういえば、今度、キッドが早稲田に講演に来るらしい。6月13日だったかな? 「見に来て下さいよ」と玉袋。何でいまさらキッドの講演を並んで見なきゃいけないんだ? 俺は学生か? そうだ、学生だ。ナットク!  小野が、今度の『笑芸人』というギョロ目の高田先生が編集長をしている雑誌に、俺のことを書くらしい。 何だかなぁ。  対談を終えて、学校。またまた、関川近代文学論。怒涛のディベート。その後、イタリア語。担当、亀崎先生。 僕的には、亀崎先生の「あれ?」という言葉が好きだ。 受講学生が少ないと最初に必ず「あれ?」と言って、目が点になるのだ。それが本当に学生が少ない。でも、その表情がとてもユーモラス。    イタリア語の後、高橋君にキャンパスで会って、馬場の和食屋で、高橋君の友達と3人でとんかつ定食を食す。帰って、本読んだり、ニュース見たりしてたら結局この時間。早く寝なきゃ。明日、鹿児島だ。 ボナ、ノッテ。  あっ、何で、タイトルがジェンダーなんだ? あれ?
2001年05月27日 02時34分21秒

まっち棒
 まっち棒に一緒に行った塩田は・・・・・・ちょっとここで塩田について説明。彼は僕のところに来て約10年。その間、突然「辞めます」と言って、公園で1ヶ月生活し、また舞い戻って来る事、三回。大分出身で実家は八百屋さんらしい。でも大分に帰ったためしが無いので何処の出身かは未だに不明。その昔、オフィス北野ライブに出て、「あんた、あの娘の何なのさ!」という、港のヨーコネタをやり、総すかん。敢え無く沈没。それから、二度と舞台に立とうとしない若手の芸人。若手といっても31歳。とても31歳には見えない。見た目が若いのだ。自分では木村拓哉に似ていると言っているが、どうひいきめにみても、カメラの木村屋という感じ。運転は荒いが、気も荒い。なかなかの熱血漢で、幅寄せしてきた、「外」ナンバーの外車に文句を言いに行き、逆に殴られた経験がある。毎夜、深酒。人生の約半分の時間、気を失っている。ちょっと長くなった、その塩田の先輩が言うには「まっち棒は靴下の味がする」と言う事だ。「靴下食べたんかい?」っていう突っ込みが入るような先輩を持っている塩田は、僕に多額の借金があり、現在それを労働で支払っているのだが、誠に勝手で、時々現金を要求する。どうしたもんか? この塩田。でも、何かいい奴なんだ。
2001年05月25日 01時40分47秒

サンスポ23日分
  5年使った携帯を機種変した。ついに僕もiモーダーである。ざまぁ見たか、清水ミチコ! 以前、清水ミチコにメールアドレスを聞かれ、「持って無い!」と答えると、「この原始人!」と罵倒されたのだ。やい、清水ミチコ! これで僕もやっと文明人だ。ちょっとした辞書ほどのマニュアルと必死に格闘し、1週間もかかってようやく何とか使いこなせるようになった。のに、メールがどこからも届かない。オリジナルなメールアドレスにしないと悪戯メールが何通も届いてうざいよ。という方々からの忠告を斬って捨て、悪戯メールとやらを見たくて、わざわざ、電話番号通りのアドレスにした。にも関わらず、全く来ない。メル音がうんともすんとも言わない。30分おきにメールボックスを確認する。0である。どうして? どうして? 学生に聞くと、一日平均6通くらいのランダムメールが入るとのこと。一体どうなってるんだ!ランダムメールの発信者! 俺は待ってるんだぞ的怒りを込めて、そのことをカミさんに話した。翌日、な、なんと、来た。出会い系サイト。や、やったぁ。見ると「あなたとお友達になりたい、出会い系サイト。下にアクセスしてね」だって。天にも昇る気持ちと震える指でアクセスしたら、出たのは何とカミさん。「あんまり寂しそうだったから」だって。ガッカリ。肩を落としていると、何と紳助さんからメールをもらう。飛び上がらんばかりに喜んでいると、そこに信じられないニュースが飛びこんで来た。僕が買ったのは、SO503iというやつ。何でも、この機種は情報が漏れている可能性があるので、他種と交換しなければならないのだそうだ。嘘? 死ぬ思いで機能を覚えたのに、そりゃないよ。
2001年05月25日 01時24分21秒

まっち棒
 まっち棒ってそんなに美味いか? 並ぶ程美味いか?
2001年05月24日 03時05分25秒

光陰矢の如し
 早いねぇ。一週間経つの。村上君。先週のサンスポの記事載せて、そう言えば日記書いてないなぁなんて思ってたら、もう、今日水曜日。先週の関東版には僕のエッセイは載らなかった。地方版には載ったらしいのだが。何か大きい事件でもあると休載なのかな。そういうこともあるんだね。今週は載るかな?  この一週間何やってたっけ? 日曜日は『ここ変』の収録があって、師匠が疲れてて飲み会が無かったから、ケビンと中国人チームとブラックボックス(若手のお笑い)達と飲みに行ったんだ。面白かった。その時の様子は、またサンスポに書くね。ここで先に発表すると怒られちゃうんだ。でも、いつ掲載されるか分からない。実を言うと、自分の中で、ストックが5つもあるんだ。あれくらいの量だったら毎日でも書ける。 後、そうだ、ベラ・バラージュの視覚的人間の論文を読んでた。これ、ちょっと完璧だね。ここ最近読んだ論文の中では出色だよ。創造力、刺激性、弁証法的論理性ともに完璧。これは僕の担当じゃないんだ。ある女学生(名前は分からない)が僕にバラージュについてかなり執拗に質問してくるんだ。だから、読まざるを得なかった。彼女、今日、発表だよ。楽しみだね。それから、村上君から借りた『夏目』を読んだ。全部はとても読めないが、江藤淳は読んだ。なかなかかな。 でも土曜日の関川先生とのディベートは無し。ある暗い学生が、ぼそりと言った「坊ちゃんが風呂で泳いだところを一体誰が見ていたのか?」と言う誰も考えなかったベーシックな質問から、話が広がり、その推理で一時間が過ぎた。 後、『踊る大使館』を読んだ。外務省、しょうがないなって感じ。でも、もし、人生がやり直せるのなら、まごうことなく、国家1種を受けるだろうね。官僚になって、自分が作成した文章を政治家が、一字一句変えずに丸ごと棒読みするのは快感だろうね。 後、何してたかな・・・・・・・・・そうだね。ただ只管走っていた。22日の時点で、今月の走行距離が100キロを超えた。これはここ最近無いこと。この一年は大体月100キロ。今月は150キロが目標なので、何とか達成できそうだね。村上君から借りた、キリスト教関係の資料は手付かず。残念。そんなこんなでまた水曜日。もう朝、夜が白々と明け始めたね。今日午前中、歯医者だ。そいじゃ。ボナ、ノッテ。
2001年05月23日 04時51分26秒

サンスポ16日分
 世の中はどうやらクイズブームらしい。そこら中で「ファイナルアンサー!」なる言葉が飛び交っている。先日、焼き鳥屋でテイクアウトを待っていると、カウンターにいた、3人が何やら盛り上がっている。3人はA(40歳代のサラリーマン男性上司)B(30歳位の男性部下)C(20代なかばのOL)。以下彼らの会話をできるだけ忠実に再現した。  突然、Aが叫ぶ「クイーズタイム!ファイナルアンサー!」。「イエーイ!」部下、盛り上がる。A「日本の三大三景は、どことどこ?」。それを言うなら日本三景。C「青森、福島、福岡!」B「馬鹿、県じゃないよ!」確かに県じゃない。それにしても、何を基準にその三県が出てきたのだろう? A「そうだ。その県じゃない!」B「じゃ、田中健、高倉健、志村けん!」C「ネプチューンの堀ケンは?」B「そ、そうか。どっちだろう?」A「そうじゃないよ。ケイだよケイ。竹下景子のケイ!」C「それって、パチンコの景品のケイですか?」B「違うよ、京浜急行のケイだよ」C「そうか」A「三大三景は、日本の景色のこと」C「それって、おそれ山って入ってます?」B「おそれ山は、山だよ。それは日本三大山。部長が言っているのは、景色!」C「それって、原爆ドームって入ってます?」B「馬鹿! それは三大ドームだろう?」三大ドームってどことどこだ? A「違う、違う。景色だよ。美しい景色」C「わかんな〜い。教えてくださ〜い」A「仙台の松島。広島の厳島。三保の松原」C「す、すっご〜い。部長。尊敬しちゃう!今度、ファイナルアンサー出て下さいよ。絶対、取れますよ。一千万」。学力低下とクイズブームはどこまで進行するのだろう? トホホホホ。
2001年05月18日 01時40分27秒

山口君
まぁるい緑の、山手線、真中通るは中央線。 新宿西口駅の前、カメラはヨドバシカメラ。  凄い詞です。アートです。  何で、山手線と中央線が関係あるのか?  新宿を通っている電車なら、もっともっと沢山ある。  JRと私鉄を差別化しているのだろうか? 等々。  山口君の山手線、通常乗車困難症を思うと、  いつもこの歌を思い出します。  そして、この歌の凄さを痛感します。  よって、山口君も凄いのです。
2001年05月18日 01時13分35秒


目標
 今日、授業が早く終わったので、夜8時から駒沢を走った。久々に8時の青年にあった。僕は密かに彼をそう呼んでいる。8時の青年は、歳は20歳そこそこ。初めて会ったのは、三年前の丁度今ごろだった。夜、いつものように駒沢のジョギングコースを走っていると、前をヨタヨタと頼りなげに走る青年がいた。よれた短パン、黒い靴下、汚れたスニーカー、背中を丸め、社会に謝るように走っていた。僕は、それとなく彼を追い越し、そのまま走った。暫くして、彼が僕の後を追いかけて来ていることに気付いた。ぜぇぜぇ息が上がり、必死の形相である。ランナーは前に目標を置く習性がある。その方が疲れない。マラソンで言うラビットである。 彼は僕を目標と決め、必死に僕に付いて来ようとしていた。スピードはキロ5分程度。当時の僕にとって、永遠に走れる速さである。彼に貢献しようと、暫く、彼を引っ張って上げた。素人走りにしては、なかなか頑張ってよく付いて来るなと思いながら、一周2キロのコースを二週。彼はそろそろ限界である。驚いたことに、どうも、彼も僕のことを限界だと思っているようだ。しかし、彼のよみは間違っている。僕は彼にそのことを知らせるために、そして、彼との現時点での実力の差を知らしめるべく、突然、キロ4分にペースを上げた。落胆の溜息と共に激しい息遣いが、あっと言う間に遥か後ろの方に消えていった。      そのことがあってから、まもなく、僕は例の事件に襲われ、走れなくなった。 久々に駒沢を走ったのは、1999年の春だった。その時、彼に会った。彼は走り終わるところだった。首筋にかいた汗を、汚いタオルで拭いていた。坊主だった髪が少しだけ伸びていた。 まだ、走っていたのか? あれから、ずっと走っているのか? そう思った。それから、何度か、彼に遭遇した。彼は決まって、夜8時に駒沢を走っているようだった。学生なのか社会人なのかは分からない。一度だけ、駒沢大学の方に消えて行く姿をちらりと見かけたことがあった。例え、大学生であっても陸上部ではない。ホームを見れば直ぐ分かる。彼はあくまで自己流である。    月日は経ち、ここ一年くらい、夜8時に駒沢を走る機会がなかった。いつのまにか、彼の存在を忘れかけていた。そして、今日、本当に久しぶりに彼を見かけたのだ。約一年振りに見る彼は別人だった。ミズノのブルーのスパッツに純白の靴下、足には黄色のナイキのレーシングシューズを履いていた。そしてそれは既に履きこなされていた。   後ろから人の気配が近づいた。僕の横を風が通り抜け、背中を見ると、8時の青年だった。まさに疾風のようなスピードだった。とたん、僕にスイッチが入った。思考が僕に命令した。「GO」と。僕は反射的にギアーをトップに入れた。そして、彼の背中にピタリとくっ付いた。速い。彼のスパッツから伸びた鍛えられた脹脛は、アフリカのネコ科の動物を思わせる。完全にランナーの足になっている。おまけに、このスピードで、首筋に汗一つかいていない。瞬間、鳥肌が立った。どこまで、付いて行けるだろう? そんなに長い距離じゃないことくらい容易に想像できる。インターバルであって欲しい願った。インターバルとは、ある短い距離を全速力で走って少し休憩し、またダッシュするというトレーニング方法だ。500mが過ぎた。止めない。1キロを過ぎた。まだ、止まらない。信じられない。キロ3分15秒のスピードで、2キロ目に入った。それも、雰囲気から見て、どうやら彼は僕を追い越すまでに、一周か2周は走っているようだった。それにしても早い。だんだん、僕の息が上がって来る。心臓が高鳴り、内臓辺りが急激に苦しくなってくる。ボクシングでボディブローをくらったような苦しさが断続的に襲う。駄目だ。脳からギブアップの信号が出ている。これ以上、付いて行けない。ここ一年で体重が6キロも増えたし、月に100キロそこそこしか走らない膝はこのスピードに到底絶えて行けない。それにしても情けない。いつからこんなに落ちてしまったのか? 2キロを待たずに限界が来た。何時かの8時の青年のように。その時、何と彼は、急にペースを上げたのだ。我が目を疑った。しかし、小さくなる彼の背中が、非情な現実を僕に教えていた。現実とはいつもそんなものだ。完全な敗北だった。立ち止まった僕は身体をくの字にして這いつくばった。本当はそこに大の字に倒れこみたかった。しかし、微かなプライドがそれをさせなかった。胃から何か酸っぱいものが上がって来た。25度の気温が滝のような汗を額と首筋から噴出させた。濁った汗が、ジョギングコースに書かれた、1600mの白い文字の上に数滴落ちた。所詮、1600mのスタミナだった。その時、1600mの上に二つのスニーカーがすっと現れた。見上げると、8時の青年だった。彼は軽く足踏みしながら、僕に微笑んだ。よく見ると彼の瞳は少年のようだった。そして少年の瞳は、満面の感情を湛えている。青年は僕にペコりと頭を下げ、「ありがとうございました。9時の方」と言った。確かにそう言った。いや、そう聞こえただけかもしれない。僕は疲弊している。正常なコンディションではないのだ。空耳かも知れない。幻想かも知れない。見ると、青年はもう走り出していた。青年から発っせられた爽やかな風が僕の右頬を母の手のように撫でた。彼の言った言葉は本当だったのかも知れない、とその時思った。 彼の真っ白い後姿はあっという間に他のジョガーと闇に消えて行った。彼は僕に一体何を伝えたかったのだろう? 少しの間考えたが、分からなかった。 けれど、その瞬間、彼が僕の目標になったことは事実だった。もし、彼が、3年前に僕をそうしたのであるならば、今度は僕が彼を目標にする番なのだ。そうだ、それがライバルの掟なのだ。僕は立ち上がった。公園の時計が、9時を差していた。はっとした。「9時か・・・・・・・・・」僕は心の中で呟いた。何故か涙が溢れた。悲しい涙ではなかった。歩き出そうとすると、膝がガクガクした。「これじゃぁ、9時のオジサンだな」僕は苦笑した。初夏の風が僕の直ぐ脇を急ぎ足で通り過ぎて行った。今度は僕は振り返らなかった。遠くに、目標を見つめ、8時の青年に別れを告げ、公園を後にした。
2001年05月15日 04時58分49秒

馬場飲み
 慶応から横入りしてきた、商学部の大場君主宰のカラオケ大会。高田馬場での、優しくメローな大人のカラオケ大会。僕は授業があったので、二次会の席から参加。馬場駅の前の居酒屋(土風炉)で大場君を囲む会。大場君は7月に公認会計士試験なのにこんなことをしててもいいのか的心配をよそに、大盛り上がりの大場君。カラオケでも一人で盛り上がっていたそうで、外見とは違い、とってもお茶目でアダルトチルドレンな大場君。何かつらいことでもあったのか? 勉強のし過ぎかも知れない。ちょっと心配。さすがに二次会で帰ると言う彼を残して、馬場から終電で僕の事務所へ移動した。山手線の終電なんかに乗ったのはどれくらいぶりだろう? ざっと思い出してもここ10年は乗っていない。皆で一緒に切符を買い、6人で移動した筈が、山口君と高橋君が山手線に乗り遅れた。後で聞いたのだが、山口君は、山手線に乗れないらしい。馬場のホームで、池袋方面と渋谷方面、どっちの電車に乗るか、コインで決めるらしい。僕の事務所は渋谷方面に乗らなくてはいけないのに、コインが池袋方面(全く逆方向)に出たらしい。高橋君は便所に行って乗り遅れた。全く、子供の遠足だ。しかし、最終の電車はビックリ。とにかく凄い人の数である。殆どが若者。ホームに溢れんばかり。あちこちで盛り上がっている。もし、この国に禁酒法が発布されたら、確実に暴動が起こるだろうくらいの盛り上がり方。一部の端の方は線路に半身が出ている。落ちる!落ちる!もし、落ちたら絶対助けようと心に固く誓うが、誰も落ちない。昨今の人工増加を考えたら、あのホームの広さでは不充分なのではないだろうか?と思う。だが、政府は何もしない。恐らく、これからの人工減少をじっと待っているのだろう。 想像するに、朝はもっと大変なんだろうな。レッサーパンダの帽子で顔を隠し、満員電車に揺られて渋谷まで行ったが、そこで乗り換えの次の最終電車を断念。本当は、新玉川線に乗って、三茶の駅で若者と足を踏んだかどうかでもめてみたかったのだが、今度にすることにして、村上君、金子君、種村さん、そして僕の4人はハチ公前からタクシーの乗った。このまたハチ公前が「革命か?」と思えるくらいの人、人、人。時節柄、タクシーは直ぐ拾える。やっぱり不景気だと運転手さんが嘆いていた。事務所に着いて、暫くすると、山口君と高橋君が這う這うの体で事務所に辿りつく。その後、穴田君が自転車で到着。『シンクタンク、チームそのまんま2001』の幹部が出揃う。そこにケビンがマネージャーを連れて登場。しかし、ケビンは鼻が利く。まぁ、よく出席するね。その前の夜もケビンと朝まで生討論。議題は「警察の民営化」について。飽きない、飽きない。野郎、よく喋る、喋る。この夜は、「幸福の数値化」について。この春、某国立大の医学部に入学した姪から、手紙が届き、その中で幸福という3次関数を数式で証明していた。そのことを紹介すると、ケビンは「幸福を数式では表せない、それは理論哲学のまやかしだ」と主張。僕とは二項対立。最も、姪っこが示した数式自体がチンプンカンプン。あいつ一体何を考えてるんだろう? と臍を噛む。その後、村上君とケビンは心理学について熱い議論。確かに村上君の臨床心理士時代の仕事の話しは面白い。ここでは書けない。二人は何やらやたら馬が合っていた。それから議題は、カラスの生態と駆除法について。その後、地雷問題から、もし地雷を踏んだらどうするか?について。地雷は、踏んで足を離した時に爆発する。一度踏んだらもう足を離せないのだ。様々な意見が出た。そーっと離す。身体にゴムを括り付け、一杯に張って、爆発のスピードより早く人を飛ばす。芯を瞬間接着剤で固める。最も傑作だったのが、紐で地雷と足を括りつけ、厚底の靴にしてしまうというものだった。決して、冗談で考えているのではない。世界の地雷問題は深刻だ。我々が市民レベルで関心を持ち、問題意識を持ち、対策について考慮する姿勢が望まれる。まだ、まだ、書きたいが、疲れたのでまたにする。
2001年05月14日 04時19分07秒

携帯
 今日も、1通も携帯にメールが来ない。悪戯メールも来ない。一体どうなってるんだ? これじゃ、メールの送り方を忘れてしまうと思い、カミさんに用もないのにメールを送ったら、悪戯は止めてと一喝された。トホホホ。だ、誰か、メールくれ! 悪戯でも何でもいいから! くれ! くれ! そうじゃなきゃ、わざわざSO503iにした意味がない!
2001年05月11日 01時34分51秒

携帯機種変更
 遂に、携帯機種変。SO503iって言うやつ。まぁ、これがまたややっこしい。複雑怪奇。マニュアルだけ読んだって分かりゃしない。濱本君に読んで貰って、教えて貰っている。あんなの完璧に使いこなせるやついないよねぇ。メールアドレスは、携帯の電話番号。番号は変えないと、悪戯メールが沢山入って来るよと皆は言うが、何かのネタになるかなと、逆にそれを期待しているのに、1通も入ってこない。どういうこっちゃねん。
2001年05月10日 02時55分59秒

金子君からの手紙3
 2001年 早稲田大学文学部 :愛と身振り手振り系専修: 入学試験 論文# 小泉政権誕生による痛みの伴う財政構造改革断行です。realityには時間を要するかもしれません。日本人の桜の下での不自然なはしゃぎ方に影響がでるのでしょうか。首相官邸への引越しも完了したようです。家財道具はレンタルより買った方が安いです。ところで・・・・今回のGWは21世紀最初のGWと言われてますが、それではあなたのGWの過ごし方はどうでしたか。31字位で歌えるものなら歌いなさい。  「50点」 (やや難) 解答例1 振り向けば まぶしく響く 君の声 諸行無常の 雨雨雨  解説  時は来た 「おおっ」 大切な宝物はどこかにあります。迫害されて、初めてわかる人生の真実。   解答例2 春ゆかば 右往左往も 同じ場所 生き急ぐかな 鐘の音鳴る 解説  本学は 未知なる病める市民に広く門戸を開き 学問の独立を全うし 社会復帰の理念に基づき 時世の進運に資せん事を期す アーメン。
2001年05月10日 02時48分50秒

ベンジャミン
 GWと言えば、鍋でしょう。ということで、久々の鍋ホームパーティ。見知らぬ外国人、ベンジャミンも参加。彼との日本システムについての議論は非常に盛り上がった。ベンジャミンは、カナダ大使の息子で長い間アルゼンチンにいて、今、FORBSの東京支局長をしている、41歳のやたら顔のでかいカナダ人である。なかなかの論客で、戦後処理(サンフランシスコ講和条約までの)とアメリカの関係についてのバトルトークは、とてもここでは書けない。書くと明らかに事務所の検閲を受けることは間違い無い。それにしても、金子君とのトークが満足にできなかったのがちょっと残念。また、今度だね。今日、濱本君に聞いたら、なんでも僕が酔って山口君に訓示をたれていたらしい。最悪だね。ちょっと自己嫌悪。穴田君、村上君、大場君達がいつ帰ったか分からない。またまた自己嫌悪。
2001年05月06日 03時04分57秒

金子君からの手紙 2
 早速ご返事有難うございます。金子です。お忙しいところ、すいません。僕も参加しようと思います。時間帯とか教えて下さい。僕の家と三茶は地下鉄直通なので、スグに出れます。「番町なので:日テレ近く」 山口君にさっきMLの連絡を教えたら非常に喜んでいました。でも少し恥ずかしそうでしたが。 今日も彼は一人表参道の喫茶店でぶらぶらとしていたので、仕方なく僕と大場「沖縄顔」で駆けつけることになりました。ところがそれが逆効果だったのか、GWの真っ只中、町は可愛い女の子を連れたカップルばかり・・・返って逆効果だったようで余計辛くなったよう:::きっと僕らなんかよりも、可愛い彼女の一人でもいて欲しかったのでしょう。 その後、男3人でカラオケに行ったのですが、山口君がどうも人の目が気になって仕方がないようで・・・落ち着かない。 「きっとあの店員、俺たち見て、男3人でカラオケってGW何やってるの?って思ってんだろうな・・・」「俺たちってひょっとして負け組みなんじゃないか?」とかいうから、僕が「少なくともGWに限って男3人は確実、負け組みでしょ!」って言ってやったら、 「そーなんだ。やっぱりそう見られてるんだ・・・」って寂しそうに笑っていた。 その後、男3人で表参道を少し歩いた所で食事したのですが、山口君があんまり人の目が気になるみたいなので、「誰が言い出したか?」僕ら3人で秘密結社を名乗ることになってしまい秘密結社「裏参道」とか言って妙に盛り上がってしまいました。何のための秘密結社かよくわかりませんが、まぁ取りあえず、GW中、男3人でツルンでいたという事実は山口的には秘密にしておきたいそうです。
2001年05月05日 17時03分46秒

関川夏央教授  歴史としての日本近代文学
 GW直前の授業の様子。 授業が始まると同時に、突然何故か僕だけに質問が集中。突然、教授「東国原君」僕「は、はい」教「貴方は近代をどう見ますか?」僕「と申しますと・・・・・・」教「一言で言いますと、近代はどういう時代だったか?です」僕「封建社会から民主主義への移行の時代だと思います」教「時代の意味付けは?」僕「中世の憂鬱と閉塞感からの脱却を謀った時代と言えると思います」教「歴史的な区分では?」僕「日本では、明治維新から昭和の初期辺りまでだと言えます」教「辺りと言いますと?」僕「昭和15〜16年です」教「何故?」僕「歴史的には第二次世界大戦終結までを含む区分が一般的でしょうが、文学的には第二次世界大戦前の我が国が戦争体制に入ってからは近代を終えたと思います。教「それは、国家総動員法発令と言う事ですか?」僕「そうです」教「なかなか、鋭いですね。ところで、何故そこを分岐点として、近代文学は様変わりしたと考えますか?」僕「戦争文学の成熟です。戦記は、最早近代を超え、現代に組み込んでもいいかなと考えます」教「根拠を述べて下さい」僕「ふ〜」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・教「ところで、貴方は、無頼派の作家が好きだということですね」僕「はい」教「無頼派とはどんな作家のことですか?」僕「一般的な表現を使ったのですが」教「貴方はどう考えるのですか?」僕「私生活が品行方正ではない作家のことです」教「例えば、酒、博打、女などに走ることですか?」僕「そうです」教「例えば、太宰はどうですか? 坂口は?」僕「両方、無頼派だと思います」教「無頼派という区分定義が明確化しておりません。勿論、明文化もされておりません。例えば、太宰の作家活動は実質13年余りです。その間に彼は2万〜3万枚を書いています。とても仕事熱心ですね。驚異的だとも言えます。そういった意味では、仕事のし過ぎです。ストレスの解消で、心中もするでしょう。横道に外れることだってある程度仕方のないことだと思うのですが・・・・・・無頼派という区分には多いに意義があるところです」  こんな感じでずっと授業。いやもう、疲れた、疲れた。
2001年05月04日 03時21分37秒

金子君からの手紙
 先日はどうも、お疲れ様でした。 黒ブチサングラスをかけていた金子です。 以前も三茶で奢って頂き、今回は御寿司までご馳走になってしまいました。 最後にお礼を言う間もなく、東さんはそのまんまグーグー寝てしまったので、静かに帰った僕ですが、MLで以前、東さんが配信したメールにアドレスが書いてあったので、こうしてお礼を言う次第です。 でも、もっと気持ち良かったのは社会問題について、議論が少しでもできたことです。 エリートの存在意義と大学教育のあり方、財政再建と小泉政権の行方等、その人のインテリジェンスと人間性が露骨に出るテーマになってしまいました。 僕が今一番引っかかっているのは、社会人が大学に戻って勉強するその意義についてです。それも普通の大学ではなく一部の「一流大学?」と世間で言われている所でのその意義です。 学問は広く国民にその機会を与えることは、憲法にも書いていますが、如何せん「大学」と「カルチャーセンター」とは違います。 誤解を恐れずに言えば、一流大学の役目は学問を極めることよりその「キャリア」を身に付けることをその目的にしているところが大いにあります。 早稲田で教えていることは、他で間に合うし、オープンカレッジ等で早稲田大学自身も庶民に大学の学問のエッセンスを提供しています。 学部入学する意義が果たして「広く世間に開かれた庶民の大学」だけで説明がつくのでしょうか? 文系学部で殆ど学部出身が多いのは、そのまま社会で役に立つ学問でもなく「だからこそ高度で普通の人間についていけないモノとも言えるのですが」早期に社会でキャリアデビューを果たした方が合理的だからです。 早稲田大学のようにそこそこ名の通った大学が社会人入試を始め、既存のルート以外の人材に学問の機会を与えるのは例外といえます。「18歳人口の減少により、新設私立の多くが社会人入試を始めた所が多々見受けられますが、これらはやはり大学運営の行き詰まりによる影響もあるでしょう。」 エリートを若いうちにキャリア養成して社会に出すという思想は、慶応、東大等ではまだまだ主流で、社会人入試でもすれば学問の関心というより学歴の関心の強い人間を集めてしまいます。「だったら一般入試が無難ということになります」他に社会人入試に踏み切れない理由は色々挙げることはできます。 早稲田大学の狙いは、未知な試みだけに成果には時間がかかるでしょうが、面白いことになるかもと期待しているのですが。 この辺のことを社会人ネットの人に問い掛けてみても、あまり鋭いコメントが返ってきません。 言い方を悪くすれば、学歴に「早大卒」と書けるだけで十分満足のような印象を受けます。あそこにいる人達にとってこの問いかけは自らのアイデンティティーを模索することなのに、結構無自覚です。 やはり早稲田大学というそこそこ名の通っている大学だとどうしても学問よりそのブランドに関心のある人を寄せてしまうようで「微妙な問題ですが」これは本来の早稲田の社会人入試の理念に適っているか疑問ですね。 この手の批判は皮肉にも20代そこそこの学生の方がよく把握していたりします。 「社会人ネットワーク」というサークルはこの問いかけに取り組むのに最も近い位置にいると思っていたのですが、一番遠くなっているようで。 ある程度、年をとって一流大学に入学するということは、そのブランドと自らのアイデンティティーの関係が難しくなります。単なるカルチャーセンターでは他で十分ですから。 この辺の本質的なテーマに関心が薄いのは、自分達のアイデンティティーへの関心が薄いからでしょうか。去年コンパの集まりが悪くなったことや人と人との交流が希薄になっていったことと、何か関係があるような気がします。 本当はもっと、もっと意見を交換する場が必要なのに。 「多様化とその形骸化etc」早稲田大学でこそ扱うべき問題の提起はいくらでもあるのですが:::: さっき大場君「例の沖縄顔の人」と話していたんですが、一般に20代も含めて大学での人間関係なんて最初に3,4人キープしてしまえば、後は「守り」に入ってしまい、5人目、6人目を築くより最初の3,4人とつるむ方が楽なんだそうです。「確かに一理あります」 でもこのシステムは特に気の合う仲のいい親友とより深く付き合うというモノではなく、それほど合うわけではないけど、取りあえず寂しさを満たしてくれたり、キャンパスライフを演出するための道具としての友人ということなんです「言いすぎかな?」このシステムでは多様化より均一を求めるのが楽だし、打算で人間関係を築き易くなります。 実社会では打算でモノを「人を」見ます。これは経済学的な根拠をもっており、基本的に揺るぎないでしょう。これがどれだけキツイものか若者は知らない。でもだからこそ「大学」という「異空間」ではそれを超える何かを生み出さなければならないと思うのですが::: 初めに書いた社会人が大学に入学する意義と関係がありますが、この手のテーマをコンパで話すのは難しいでしょうか? :::::::::::このままいくと際限なく書きつづける嫌いがあるのでこの辺でメールを終わります。:::::::::::::: 次会のコンパの予定が未定でせっかく会っても間があいてしまうとそのままになりがちなので、GW「3,4,5,6日中にもう一度会うか、カラオケ大会:大場君希望{2次会?}でもやろうかなって思ってます。急なのでおそらく次の週末「11、12,13日」になるかもしれませんが、仕事が空く日があれば連絡下さい。「東さんと話すと、頭の奥にある概念をうまく引き出せるような気がしました。」 ::::山口君が最近めっきり「寂しがり屋さん」を演じるようになってきました。ヤバイ兆候です。何か最近深夜に電話で呼び出されることが多くなりました。。「九州人は九州人と会うと元気がでるような気がします」 きっとGWの最中、町を闊歩する若いカップルの姿がまぶしいのでしょう。  それでは。
2001年05月04日 02時35分41秒

社会人ネットワーク
 29日(日) ここのところ、スポーツマッサージに行く暇がなく、身体が、特に足がパンパンである。脹脛がピクピク、十字靭帯が極度に疲弊、股関節は触っただけで痛い。いつものケッズは休みなので、新宿にあるグローバルマッサージに行った。マッサージは死ぬほど痛かったが大分楽になった。その後、新宿紀伊国屋で書物を購入する。今度の文学論で、森鴎外をやる。今日は、『舞姫』を購入。店内をウロウロしていると男性作家のコーナーに僕の著書『ゆっくり歩け、空を見ろ』が平積みにされていた。まだ、置いてあるというのは少しは売れているのかな? 兎にも角にも、男性作家というところが、うん、気に入った。隣にはビタミンFである。まぁまぁかな。「待ってろ、重松」っていう感じかな。でも、新作をなかなか書き出せないでいる自分。プロットもテーマも頭の中にあるのに、どうしても書き出せない。モルジブ行こうかな? 学校の学生諸君が、ちょっとインド行って来ましたとか、ヒマラヤ見てきましたなんていう話を聞くと、本当に羨ましい。僕のイメージでは、新作は、モルジブかキューバでしか書き出せないのだ。  紀伊国屋を出て、大学の社会人ネットワークというサークルの新人歓迎コンパがあり、そこに参加した。まぁ、6日振りの酒で、しかもここのところ、徹夜続きだったので、効いた効いた。一次会で既にフラフラ。二次会の会場に行くのに、雨の中、新宿のど真ん中を歩いた。新宿の歌舞伎町を歩くなんて、本当に久々である。コマ劇場の上の居酒屋。コマ劇場の上なんて、15〜6年振りかな。確か、昔、何とかというディスコがあったのだ。そこの跡地にまぁだだっ広い居酒屋が出来ていた。名前は、確かセントラルパーク。学生や若者の憩いの場。そりゃもう、大勢のヤングが集って馬鹿騒ぎしていた。こういう大衆的な喧騒に身を委ねているのも悪くないもんだ。三次会は僕の事務所。村上君や学生達(10人いたかな? いやもっといたな)と熱く有意義な議論。 特に種村さんとお話できたのが良かった。種村さんは一年の時、倫理学で一緒で、今は、文化人類学で御一緒させて貰っている。 金子君は難解な議論が好きで、途中ずっと僕は金子君のエリート理論に二項対立。しかし、さすがに身体の限界、途中でダウン。そういえば、山口君が早稲田に失望したと言っていたっけ。あんなに早稲田を愛していた山口君が「早稲田がなんぼのもんじゃ〜」と咆哮していたような気がする。彼の身に一体何が起こったのか? 5月病かな? とにかく、山口君頑張れ! 今度ゆっくり話しを聞こう。 とにかく、紀伊国屋から、新歓コンパと、学生気分にどっぷり浸れた夜だった。
2001年05月01日 03時10分06秒

アサ芸
 (1)楽しい思い出・・・何気なく、アサ芸(5・3−10号)を読んでいたら、P228〜229にGW・本スペシャル、告白・告発本10冊と題して、僕の『ゆっくり歩け・・・・・・・・』が紹介されていた。告白・告発という括りは気に入らないが、他に、立花隆氏の本や医療事故を取り扱った数々の社会派の本の中で、梁石日の睡魔、矢沢栄吉氏の本と並んで紹介されていた。解説を読むと、「タレントよりも作家のほうが向いている」と評してあった。素直に、ちょっぴり嬉しかった。      (2)悲しい思い出・・・28日(土)駐車違反を取られた。つ、遂に無事故無違反記録が破られた。PM1:00から、大学の本キャン6号館で、去年基礎演習で一緒だった友人が初芝居を作・演出・出演するというので見に行った。本キャンに行く時は毎回駐車する、絶対安全な場所に停めた。因みにこれまで一年間そこに停めていたのに平気だったのだ。そこのスペースは他の交通の邪魔にならない、空き地的な場所なのだ。それなのに、トホホホホ。警察に聞くと、何でも通報があったという事だった。あそこに停めて、一体誰に迷惑がかかるというのだろう? 解せない。しかし、悪いのはこちら。素直に反省。 それにしても、あの近辺には適当な駐車場が無いのだ。弱った。あそこがNGとなると、こりゃ困った。適当な駐車スペースを早急に捜さなくては。 と言うわけで、教訓、良いことと悪いことは同じ数、同じ量だけ起こるのだ。
2001年04月29日 02時44分47秒

ふ〜
 25日(水)に心理学者のミュンスターバーグの映画理論について発表しなきゃいけなかったので、その文献を読み、論文を纏めるのに、ふ〜。明日28日(土) 文学論で、夏目漱石の文学背景についてこれまた発表するので、昨日26日(木)も徹夜、今日もこれからシコシコ、レジュメ作り、ふ〜。昨日徹夜のまま今日27日(金)は朝7時の新幹線で、大阪。 一日吉本の元気な若手の連中とロケやった。帰り、ゴールデンウィークとやらで新幹線がメチャコミ。眠れなかった。これまた、ふ〜。
2001年04月28日 00時25分37秒

別冊アサ芸対談
 5月から別冊アサ芸が月刊誌になるらしく、その誌上で浅草キッドとWホストで、毎回素敵なゲストを呼んで対談をすることになった。第一回目のゲストは、細川ふみえさん。実に意味深だ。内容は書けない。雑誌が発売されるまでは、このHPで先行発表はできないらしい。サンスポも同じらしい。マネージャーの村沢に固く釘を刺されてしまった。まっ、それは納得できるが、加えて、政治的に、あまり過激な発言は控えて欲しいと要求があった。これはまさに思想統制であり、言論統制だ。なかんずく事務所の検閲だ。ともすると憲法(言論表現の自由)に抵触する恐れもある。  しかして、読者諸兄、安心めされ。そんな外圧に怯む小生ではない。   然らば一言。とうとう小泉新総裁が誕生した。とりあえずはめでたいのではあるまいか。あの4人の総裁候補の中では妥当だと思う。しかし、あまりの小泉総裁人気に、あたかも民意で決定したかのように錯覚する方々もあろうが、それはちょいと違う。飽く迄も、小泉氏は自民党員の圧倒的な支持で選出されたのであって、それがそのまま民意であるかと言うとそうとも言いきれないのである。ここの所をミスリードしてはいけない。   それにしても、今の日本は誰が首相になっても情勢はさして変らないと思う。ある意味、誰が国家元首になっても政局や経済が揺るがないと言うのは、資本主義が完成された形とも言える。   小泉氏は穏やかな容貌とは裏腹にかなりタカ派の人物である。憲法9条も改正論者だし、これからの言動が注目される。  経済的には、ご存知の通り構造改革論者であるが、いずれにしろ、今日の銀行が抱える不良債券処理は、公共事業の見直しと併せて、大幅な増税しかないだろう。恐らく、ここ5年以内に消費税は15〜20%に引き上げられるだろし、所得税の取り立てもきつくなるだろう。結局皺寄せは我々無力な国民に来るのである。  しかし、小泉総理には、もっと、ドラスティックな改革を期待するものである。郵政三事業民営化と言わず、全ての公的機関を民営化するというのはどうか。 官僚の天下り先である、特殊法人、財団法人なども全て民営化するのだ。 国立大学も独立行政法人になったくらいだから、当然の処置であるとも言える。 後、公共事業の見直しなどと玉虫色の政策ではなく、全ての公共事業を向こう5年間凍結、なんてのはどうだろう? 不良債券土地を株にして安くで売り捌く(確かバルクセールっつたっけ)などもいいかも知れない。  いずれにしろ、日銀がやるかもしれない、調整インフレなどの愚策は絶対に避けるべきである。  とにかく、これからの小泉氏の動向からは目が離せない。まずは組閣人事であるが、明日、正式に発表である。9月までの腰掛け首相にならないように、頑張って欲しいものだ。  
2001年04月26日 04時18分47秒

本日の格言
 やってて良かった公文式。  やらなきゃ良かったオギノ式。
2001年04月25日 03時51分33秒

明治維新
 21日(土)文学の歴史の授業で、教授から何気に「明治維新は西暦何年でしょう?」という質問があった。驚いた。学生が誰も答えられないのだ。1900年という人もいれば、1568年と言った学生もいた。僕は自分の耳と目を疑った。いみじくも早稲田だよ。何も、幸田露伴の誕生日を言えと問われているのではない。明治維新である。我が国のおそらく、最初の革命の日である。近現代日本への道を歩き始めた日である。アメリカの大学生に、独立記念日を答えられない人がいるだろうか? 分数のできない大学生。明治維新を知らない大学生。 学力低下が叫ばれるなか、つくづく日本の将来を憂えた瞬間だった。      そして、翌日22日(日)「ここ変」でゆとり教育について大激論。何でも今日の小学生は、算数の時間に電卓を使っていいらしい。円周率がおよそ3になってるらしい。台形の面積の求め方が削除されてるらしい。どうなっちゃうのか? この日本。  収録終わりで師匠とまたまた酒宴。昔話に花が咲く。久しぶりの酒に泥酔。いや〜飲んだ飲んだ。お陰で宿酔。あ〜まだ頭が痛い。さぁ、学校だ。今日は英語だ。課題をやっつけていない。あ〜あ、頭がぼおっとしている。
2001年04月23日 16時01分25秒

やばい
 学校の授業が10日から始まっている。13日(金)が大阪で、まるまる授業に出れなかった。そして、昨日、19日(木)、師匠の新番組『WA風が来た』の収録で、まるまる出席できなかった。そして今日20日(金)大阪から帰ってきて、東京駅から地下鉄移動してやっと7時限の授業(心理学概論)だけ何とか受ける事ができた。この地下鉄が、曲者で、東西線という矢印に従って歩いたら、それが何と大手町の東西線の駅で、1キロくらい歩かされた。電車に向いていない自分を痛感。  そして、来週、27日(金)もまるまる大阪で仕事、またまた授業を受けられない。や、やばい。金曜日の「法学」、始まって一度も受けていない。や、やばい。どうしよう? 穴田君、頼むよって感じ。 今日、20日(金)は吉武(誰なんだ吉武、知っている人はコアーなマニア)に車を頼んで、早稲田から、家(世田谷)まで走って帰った。丁度11キロ。気温20度c。新大久保から、山手通り、246号、途中新宿の高層ビル街を横目に、とても気持ちが良かった。
2001年04月21日 00時08分26秒

政局
 今日の政局は、あんまり酷いんで。ちょっと一言。 本日の田中真紀子発言「小渕前首相は大借金を作って・・・・・・・死んだのは自業自得である」。事実を、ありのまま表現していた。でも、ありのまま過ぎる。  あんな利益誘導型、公共投資型の政治家はいなかった訳で・・・・・・・死者に鞭打つことをタブーとした、儒教文化に徹して、国民感情に訴える、自民党的、保守的、懐古的、浪花節的、下質ナショナリズム理念と思想の自民党体制に呆れ返った。やっぱり駄目だね。自民党は。大川隆法的。  「小渕首相・・・」この一連に関しての田中女史の提示提案は、彼女の性格、資質は別にして、まさに正しい指摘であって、彼女の竹下派に対する個人的な思念や怨念も加味しても、余りあるものである。勿論、彼女は次の三役を狙い、この度の首相の席なんて、所詮腰掛けにすぎないことは十分理解していると思う。彼女の狙いは次のファーストポストである。そんなことは素人でも理解できる。それは、亀井が立候補した理由と一緒だ。亀井は立候補して、ポストを得ないと、確実に摘発されるからだ。そもそも、首相、国家元首の投票は、周知の通り、国民投票にするべきなのは、自明のことであります。 ちょっと、酔っているので、この続きはまた来週。
2001年04月18日 03時57分38秒

東西お笑い名人会
  人の肉体と頭脳は、一度覚えた技術をどうしてこう易々と忘れてしまうのだろう? 自転車の乗り方は忘れないのに、何故かゴルフは忘れる。ゴルフは忘れるスポーツなのだ。一緒にラウンドした師匠にそのことを問うと、「そうだよな。Hはどんなにやんなくても、やり方は絶対忘れない。」仰る通り!  大学に通い出してからとんとゴルフから遠ざかった。一時はハンデ3まで行った。思えば、98年10月12日。平尾昌晃カップで、73の1オーバーで優勝し、その翌日に謹慎の憂き目を見た。優勝商品のパジェロも返上し、まさに天国から地獄。それから、ゴルフとマラソンを完全に封印した。長い長い謹慎が解け、この度、本当に久々に明石家さんまさん主催のゴルフコンペ(東西お笑い名人会)に参加した。参加者はそうそうたるお笑いのメンバー。これだけのタレントを一つの番組で使うのは不可能であろう。誰もギャラを払えない。  コースは千葉県、浜野GC。師匠(北野武)のホームコース。僕のゴルフの内容は、散々だった。強風とガラスのグリーンの中、トップは決まらない、スイングアークは滅茶苦茶、打つタイミングは合わない。トップ、チョロ、テンプラ、ダフリ、シャンク、OB、池ポチャ、一通りなんでもあり。最後は杭の外にこけて、自分がOB。本当にヘトヘト。それでもごまかしごまかしプレイした。  前半の成績。さんまさん(40)ラッシャー板前(40)村上ショージさん(41)オール巨人さん(41)所ジョージさん(42)坂東英二さん(43)師匠(北野武)(43)渡辺正行さん(43)僕(44)まさに混戦。後半、まさに手に汗握る死闘が繰り広げられた。その模様はまた来週。
2001年04月16日 16時03分25秒

大阪
 13日(金) 大阪のたかじんさんの番組に呼ばれて行った。関テレの『たかじん胸いっぱい』。居酒屋でトークしていると、元ピンクレディのミーちゃんが酔払って、いきなり僕の膝に馬乗りになり、腰をグラインドさせながら、「UFO!」。二十数年前、ピンクレディが全盛だった頃、僕はテレビに釘付けだった。あの頃、未来の僕にまさかこんなことがおこりうるなんて想像もつかなかった。世の中は本当に想像もつかないことが起こるのである。収録を終え、たかじんさん、ざこばさん、パイレーツ、奈美悦子さんらと新地に繰り出した。たかじんさんの歌う『いちず』は本当に上手かった。本物だった。僕も『東京』を歌い、パイレーツが『私のだっちゅうの』を歌った。そんな歌はないかも知れないが、確かそんな歌だった。酔払ってはっきり覚えていない。実に楽しい夜だった。まさに竜宮城。あんな楽しすぎる夜を過ごしていると、きっと凋落してしまうと自分を律し、今日は粛々と学校に行ったのだった。トボトボ。
2001年04月14日 23時49分41秒

アッ子さん、怒涛の誕生日!
 4月10日、国民的祝日、アッ子さんの、誕生日が賑々しく執り行なわれた。今回は第60回の記念大会(どういうこっちゃ?)なので、幹事に柳葉敏郎氏を迎え、かくも盛大に催された。大事な大事な第一回目の授業を犠牲にし、泣く泣く出席した僕でしたが、いつしか授業を忘れ、華やかな宴に酔ってしまった僕だった。中に、知らない、見たことも無いオネエチャンがいて、僕にワインをお酌してくれた。誰だろうと思い、隣にいたアッ子さんに尋ねると、グローブというグループのボーカルをやっている女性らしい。芸能界にすっかり疎くなっている僕なので、本当に困りものである。途中、その娘がカラオケを唄った。アンルイスさんの何とかという、ポピュラーな歌を唄ったのだが、思ったほど旨くなく、アッ子さんに、その感想をそっと耳打ちすると、爆笑していた。それより、山瀬まみと森口博子のデュエットは出色、圧巻だった。アドリブで唄ったザ・ピーナッツの唄は本当に旨かった。「お笑いもなかなかやるな!」と感想をもらすと、すかさず久本が「この人達、嘘でも、昔アイドル歌手だったんでっせ」。あっ、そうか、そうか。これまた、失敬。  会の中で、森口は結婚したいと終始こぼしていた。森口ももう33歳なんだと。月日の経つのは早いもんだね。久本も「結婚してぇ」と絶叫していた。歳は幾つ?と問うと、「40歳」だと。無理無理。でも、ちゃっかり、最近CMに出ている、カッコイイ若い役者(名前はさっぱり分からない)の横に陣取って、なにやら口説いていた。あたかも、ホストを口説く、金持ちのおばちゃんといった風情。実は、宗教の勧誘かな?   渡辺正行さんが今度の僕の芝居を見に来てくれていて、僕の芝居の演出を是非してみたいと言っていた。今度、主催者に提案してみたいと思う。峰さんも、柴田も、見ていないけど評判が聞こえてきたらしく、是非再演して欲しいと言っていた。 ちょっと心が動いた夜だった。
2001年04月11日 16時15分40秒

大阪ジョッグ
 6日(金)〜7日(土)にかけて、仕事で大阪に行った。久々に、本当に久しぶりに、大阪城をジョッグした。夜、桜が満開で暖かく、本当に気分が良かった。ライトアップされた大阪城、お堀、大阪城ホール、寝屋川(?)、何もかもが以前と変らず、まるで、僕をじっと待っていてくれたかのように、彼らはそこにいた。変化の無い風景がとても心に染み、嬉しかった。この3年が、空白だったような気がした。少し時間の経過を感じたのは、大阪NHKが真新しい巨大ビルになっていたこと。横の大阪府庁舎を見ると、ノック先生のことを思いだす。今、一体どこで、何をしているのだろう?   考えてみると、大阪城はどれくらいぶりだろう? 思い出したくないが、確か、謹慎前。謹慎前まで大阪でレギュラーを持っていたので、結構、走りまわっていた。3年になるのかな。あの頃、上岡の師匠も元気だったし、大阪に居住していらっしゃたので、走る機会が沢山あった。懐かしい。  しかし、どん底の頃、月並みな表現だが、こういう日が再び来るとは夢にも思わなかった。 ちょっと月並み過ぎるので、表現を変えると、「時間軸と空間軸を中心に未来を予想し、その未来に立ち、冷静に自分を見ることなどできはしなかった」という感じか。 とにもかくにも、大阪城を普通に走れるという、広角な自由。その大切さを思い知った夜だった。
2001年04月07日 17時29分15秒

科目登録
 本日科目登録の為、学校に行った。科目登録の受付のオネエチャン、おかしいよ。簡単なごくごく基本的な疑問に答えてくれない。「科目登録に関する質問は355教室へ」の一点張り。ベイシックな疑問や質問には答えられるように下調べしておき、登録に関する複雑で難しい問いに対してのみ、専門の係員に聞いて貰うといのが当たり前のような気がするのだが、如何なものでしょう。プンプン。  しかし、今日、少し感動的なことがあった。僕の『ゆっくり歩け、空をみろ』新潮社刊が何と早稲田の文学部の生協に置いてあったのだ。それも平積み。ここの本屋の審査は厳しいと聞いている。僕は入学した時から、実は自著が生協の本屋に並ぶのが小さな夢だったので、ちょっと感動した。同時に何故かとても恥ずかしかった。それは、殆ど売れていないようだったからだ。そこだけ背の高い平積みの自分の著書に正対できなかった。情けない。気恥ずかしさと何か後ろめたい気持ちで、足早にそこを立ち去ったのだ。もし、これを読んだ早稲田関係者の方、どうかあの背を低くして頂く様ご協力を賜りたいと思う次第です。自分ではとてもとても買えません。しかし、件の愚作を並べて下さった早稲田生協に、心から感謝したい。面と向かっては言えないので、ここで改めてお礼の弁を申し上げる次第です。本当にどうもありがとうございました。今回、実売は今ひとつ伸びないと思います。売れる本といい本というのは必ずしも一致するものではないと思いますが、いつか売れる本を書き、このご恩に報いたい所存です。ささやかな今度の目標は、何とか在学中に、○○賞と名のついた自作を店頭に並べられることです。頑張ります。それでは、皆さん、さようなら。
2001年04月05日 02時45分12秒

対談
先日、宝島社の雑誌で、文芸評論家の大月隆寛氏と文学の近況について対談。これが面白かった。何でも言う人で、とてもここでは書けないし、恐らく誌上にも掲載されないだろう。しかし、言っていることに筋があり、正しいことを言うのだ。感性が鋭く、すっかり意気投合。ああ、書きたいけど、書けない。文壇を敵には回せない。Yという、女流作家なんかもうメチャクチャ批評。それだけで1冊書ける。でも絶対言えない。彼女を敵に回すと何でも恐ろしいらしい。あらゆる手段を講じて復讐されるらしい。いろいろ作家の裏話を聞いて有意義な対談だった。が、誌上では、恐らく二人ともとても無口になっているだろう。
2001年04月04日 02時27分01秒

TBS感謝祭
誤解の無いように言っておきたいのだが、僕は勝ちたいと思っている訳でも、賞金が欲しいと言っている訳でもない。いいレースがしたいのだ。見ている側がハラハラドキドキするような試合がしたいのだ。そうしなければ、折角の人気コーナーも翳りを帯び、飽きられてしまう。面白い試合ができるために、ハンデを決めているのだ。そのハンデのせいで面白くないものになったら、本末転倒である。数年前まで、上岡の師匠がハンデ師としてハンデを決めていた頃は、必ず、最後の坂で競り合い、熱戦が繰り広げられた。あの頃の、レースの面白さの貯金を今引き出しているような気がしてならない。
2001年04月03日 01時22分05秒

TBS感謝祭
TBS感謝祭。恒例、赤坂五丁目ミニマラソン。考えてみたら、現役の世界チャンピオン(畑山選手)らに、43歳の放蕩芸人(私)が、1分15秒もハンデをあげてるというのはどういうことなんだろう? 勿論、僕が決めるのではない。局側が決めるのだが、何か違和感を感じるのは僕だけだろうか? 僕は世界チャンピオンより体力があるという認識か? そうね、ノーハンデだったらまず負けないだろうね。43歳でそういう奴珍しいかも。それに、寛平さんが一般男子と一緒のスタートって、一体どういうことなんだろう? 僕より約3分も早くスターとしている。これは約1周分の距離。何か、変。やっぱり、ザ、芸能界ってそういうもんかな? 20年以上もこの世界にいて、今ごろ理解してどうするんだって感じです。今更、ピュアー性や平等性をあの世界に求めてどうするんだって感じですね。すみません。誰に謝っているのだろう。その点、学問の世界はいい。学問の前では皆平等。事務所の力やコネは皆無。人種や身分の差も無い。実力はあるのに、家柄が悪いからと言って東大に入れないことは無い。完全実力の世界。それこそ真の平等性。個々人の努力の分だけ見返りがある。
2001年04月02日 17時10分04秒

週間ポスト
週間ポスト4月6日号(p180)の、「味わい本、発見」という書評のコーナーに、『ゆっくり歩け、空を見ろ』が取り上げられていた。文芸評論家の菊田均氏という方は、誠に不勉強で申し訳無いのだが、個人的には存じ上げていない。しかし、僕の作品をちゃんと読んでくれて、確かな視点で評されている。こういう何気ないことがとても嬉しい。これまで、週刊ポストには、ろくなことは書かれなかったので、ちょっと、ほっとしている。やっぱり、週刊誌にはスキャンダルではなく、正当な仕事の評価で載るべきだとつくづく感じた。また、今後そういう努力をしていくべきだと痛感した。  それから、今日久々に科目登録のため学校に行った。数ヶ月振りの友と暫くの間、談笑。皆、今度2年生。1年次に10科目40単位全部とった学生が回りに意外に少ないのにビックリ。哲学の授業では、積極的に発表し、こう言っちゃなんだが、僕は彼を密かに唯一のライバルだと思っていた。出席もパーフェクトだったみたいだし、その彼が(B)だったと嘆いていた。いろいろなことが起こるものである。大学(学問)は人生のようで奥が深いのだ。「さぁ、2年だ。はりきるぞ」と思いきや、最初の授業が10日。この日は、な、なんとアッ子さんの誕生日会に召集礼状が来ている。絶対死んでも断れない。最初の授業だから是非是非、何としても出席したいのだが、トホホホ。最初からこれじゃ2年次が思いやられる。何だか、2年次、波乱の予感。
2001年03月29日 17時53分52秒

1年次成績
成績発表! 因みに評価はA〜G うちA〜Dが単位取得。 1年次最大取得単位数は10科目40単位。 思想・宗教系演習(A)表現・芸術系演習(A)倫理学(A)総合講座(A)小説論(A)外国語A英語(A)外国語B朝鮮語(B)日本演劇史(B)ギリシヤ神話論(B)マスコミ論(C)以上、10科目40単位全て取得。おめでとう、パチパチパチ。それにしてもマスコミ論は最も自信があったのに、何故に(C)なのだろう? う〜ん、解せぬ! 出席もし、レポートも完璧、教場試験も9割はとれたのに・・・「一体どういうことだ? 責任者出て来い! 諫早の水門を開けろ!」って感じ。なして? ねぇ、なして? 村上さん、朝から油もんっすか? って感じ。
2001年03月28日 17時17分27秒

大竹まこと
先ほど、大竹まこと氏から電話があり、彼が明日発売のフォーカスに激写されたことを知った。口調は相当オロオロしていた。何でも、おねぇちゃんと食事をし、ホテルに入った時の2ショットの写真を撮られたらしい。柄にもなく、結構動揺しているので、「未成年でなくて良かったじゃないですか」とか「おねぇちゃんくらい、小さい、小さい。大竹さんクラスだったら、盗撮以上のことやんないと世間は納得しないですよ」と励ましておいた。本人の辛い気持ちは痛いほど良く分かる。芸人の些細な自由恋愛くらい、大目にみて、見逃してやればいいのにといつも思う。そうやって芸人や政治家やスポーツ選手の、ある意味規範外な行動や、本人にとっては表現や活動の活力源となるものを制限し、興味本位に縮小していくことが果たして大衆文化や芸術の発展と進化に何の得があるのだろうかと思う。今日の、ワイドショーに代表される覗き趣味的低俗文化には、ほとほと落胆させられる。自分のプライバシーは見られたくないが、他人のプライバシーは覗いて見たいという思考が、この国に蔓延し、現実化し、国の民度を低下させたのは、マスコミによる影響が大であることは確かなようだ。とにかく、今日では、テレビに出る人間はどんな人間であろうと、聖人君子であることと上質なモラリストであることを要求されるのだ。本当に生き難い世の中になったのものである。行動規範を問われ、倫理観を問われる。しかし、有名人に最上級のモラルを要求するのとは背反定立に、大衆のモラル(特に若年層のモラルハザードは甚だしい)は低級化する一方なのは、一体どういうことなのだろう。それは、マスコミがタテマエ論を盾にすればするほど、大人の嘘を見抜いている子供達はその欺瞞に失望し、シンメトリカルにホンネの生を主張する顕著な例なのではあるまいか。
2001年03月27日 03時54分15秒

早川
今日、早川が4、5日ぶりに姿を現す。どこに行っていたのか聞くと、何でも地雷の撤去のバイトに行っていたそうだ。地雷撤去のバイトは歩合制+時給で、給料が高いし、集中力がつくのだそうだ。どうせ嘘に決まっている。
2001年03月27日 02時03分43秒

宿酔
昨日(23日)大阪から帰り、ダンカン作の芝居「ジャイアント馬場のフォークギター」を観に行った。ダンちゃんの本はなかなか良く書けていた。役者さんにまだ未熟な人もいて、しっかり伝わらない部分があったのが、ちょっと残念。新宿のシアターブラッツは、俳優の布施博さんが監修している劇場らしく、本人と最近の芝居事情について軽く立ち話。その後、ダンカンとまちこ(タカの前のカミさん)とブッチャー(元、ブッチャーブラザーズというお笑いコンビ)と何人かの劇団の若手諸氏と新宿、みやこんじょ2に繰り出した。去年の10月くらいに早稲田の学生諸君と行ったきり、久々の芋焼酎に脳をやられた。キーボードを打つ指先がまだ覚束ない。
2001年03月24日 20時40分58秒

水道
早川の部屋の水道が遂に止まった。止まった時、最初「外は日照り続きの、大旱魃かな?」と思ったらしい。そんな馬鹿な。春に旱魃などある訳がない。単なる料金の未払いなのだ。ライフラインとしては、電気、ガスの次、つまり最後に止められるのが水道である。早川は10年くらい前から僕の弟子(僕はそうは思っていないのだが)で、もともと名古屋の出身であるらしいのだが、怪しい。時々「南西の方はどっちですかね?」と訊き、そっちの空を見て涙ぐんでいる。聞く所によると、子供の頃は大変裕福で、3日に一回くらいの割合で誘拐されていたらしい。その度に一億程度の身代金を払っていたくらいの金持ちだったらしい。昨日、午後わざとらしく僕の部屋の前で倒れていた。「どうしたんだ?」と聞くと「口が乾いて仕方がありません。水を頂いて宜しいでしょうか?」と僕の一人芝居のアキトのパロディで、アキトと同じ台詞を言いやがる。つい吹き出してしまった。面白かったので水道代としてお小遣いを上げた。早川については書きたいことが山程あるので、またにしたい。
2001年03月23日 01時58分06秒

表現
今回の演劇について、殆どの方から肯定的で且つ賞賛的な感想を頂いた。自分としては驚愕すると同時に大変有り難いことであると感謝している。しかし、それとは裏腹に必ずしも肯定的な見方をしてくれる観劇者ばかりではないことは十二分に了解している。早稲田の日本演劇史の助教授は辛辣でしかも的確な評を述べられていた。大変参考になった。本でも演劇でも、音楽でも絵画でも、その表現には賛否両論がなければならないと考える。どんな作品でも肯定的な視点があれば、同じくらいの否定的見地があるのは至極当然である。人間の美的感性や芸術観、世界観、死生観などはそれぞれ固有のものであり、個人差と特色がある。またそうでなければならない。当然そこには多種雑多な意見や感想が生ずる。大切なのは、ある表現や作品が多くの人々に観賞され、個々人に様々な思考やパッション、非パッションを起こさせてくれること。追体験の対象としてではなく、そういう重層的な意味空間として存在するということだと考える。例えば、芝居や映画などを観た後、仲間内で「ちょっとお茶しようか」「ちょっと、呑もうか」などと言い合って作品の是非や各個人の評価をディスカッションできるような作品が、所謂「良質」とされる作品なのだと考える。
2001年03月21日 16時18分06秒

グリーンマイル
 今回の芝居が終わって、「『グリーンマイル』や『羊たちの沈黙』の一場面を思い出しました」という感想が結構あったので、ビデオを借りてきて見てみた。もっと早く見とけば良かった。ストーリィや映像の是非は別として、役者が上手い。特に、グリーンマイルのフランス人死刑囚(鼠の調教をした)と羊たちの沈黙の犯人は一目に値する。その他でも出ている役者達がほぼ完璧である。普段でもあんな奴なのだろうと思ってしまう。素の横顔が想像つかない。もっと早く見ていれば、テイスト作りや何かの参考になったに違いない。映画ってやっぱり見とくもんだ。
2001年03月20日 21時25分47秒

舞台終了
舞台が終わった。マラソンのような・・・・スターとで緊張し、10キロ地点、20キロ地点、疲労と劇痛と快感がパラレルに押し寄せる。30キロ地点では苦しみを超えて、神になる。そして完走。悪くはない気分だ。今回の芝居、お客さんの入りは今一つだったけど、渡辺正行さんやルー大柴さん、大竹まことさん、他の多くの演劇関係者やプロの役者さん達の評価が高かったことが何より励みになった。
2001年03月19日 15時08分31秒

『どん底』と『ゆっくり歩け・・・』
最近、よく『どん底』と『ゆっくり歩け、空を見ろ』を対比させて、相対的な感想や読後感を耳にする。僕から言わせて貰えば、あの二つの文章は全く性質の違うもので、比べられるようなディメンションではないのだ。例えば、ラグビーと掃除を比べているようなものである。でも、『ゆっくり歩け・・・』の悪い評判は聞かないので、何となく救われる。できれば、多くの人に読んでもらいたいが、世の中そんなに甘くないのは充分承知している。芝居も文章も地道にやって行こうと思っている。
2001年03月17日 03時04分11秒

深夜のジョッグ
 芝居2日目。ちょと余裕が出たのか、帰ってから、深夜ジョギングをした。さ、寒い。深夜の駒沢公園。帽子を目深に被っているし、分厚く着込んでいるため、またまたカップルに痴漢のような目で見られた。先日は公演の便所で浮浪者に「寒いね。どこで寝てるんだい?」と話しかけられた。駒沢の四季を見つめて、もうかれこれ8年目かな。駒沢公園は四季と、一日24時間どの時間帯も制覇した。真冬の深夜がやはりもっとも過酷である。しかし、その過酷さ故、嫌なことを忘れられるのである。もっともストレスの解消になるのだ。一度みんなも真冬の駒沢を走ってみては如何かな。
2001年03月15日 04時25分47秒

芝居初日
本日、芝居初日。自分ではそんなに緊張しているつもりではなかったが、「前半硬かったね」と言われた。ここ何年も交信が途絶えていた相原勇ちゃんから花が届いた。ビックリ! 勇ちゃんとはその昔、『青春の食卓』という番組で一緒に司会をやっていた。発送元の住所が不明となっていた。手紙に、「NYより」と書いてあったので、どうやらニューヨークにいるらいし。芝居をやるとこんな意外なこともあるのだなとちょっと感動。芝居を見たダンちゃん(ダンカン)の評・・・ステージでトップライトに照らされている時、カッパのようになっていた。最初見た時、役に入れこんでテッペンを剃ったのかなと思った。最後で、アキトが着ていた天国をイメージした衣装の首筋が、大きい蝶ネクタイに見え、ベテランの芸人さんみたいだった。総括的には、とても真摯に直向きに演じている姿を見て刺激され、自分も頑張ろうと思った・・・・・・等。  枝やん(つまみ枝豆)のカミさんの感想・・・・・・目線が合うのではないかとはらはらした。  その他アンケートに答えて下さったお客さん達の感想はどれも概ね良好で、一先ずホッとした。また、明日。
2001年03月14日 03時15分40秒

裏マル
はなまるマーケットの深夜番、裏マルという番組(30分)の収録で、2時間以上喋ったら、OAが2週分になっていた。今度は15日(木)の深夜、放送である。結構放送できないネタとか事件のことについて喋ったので殆どカットかなと思ったのだが、2週に渡って放送してくれるTBSはなかなか話が分かる局であると感心し感謝した。正月の「ここ変」の特番でも、朝方ではあるが、鳥肌みのるのネタを放送していた。す、凄いと思った。恐らくスタッフは更迭覚悟だったろう。さすがに途中で突然カットされていたが、クレイム覚悟で笑いの新しい文化を発信しようとしたその勇気と英断に惜しみない拍手を送りたい。  
2001年03月13日 03時36分23秒

ブラザー
昨日師匠と呑んだ。 ブラザーについて色々話した。気付いている人、既に知っている人も多いと思うが、僕の予想通り、ブラザーに出て来る登場人物は、山本や加藤といった、第二次世界大戦(太平洋戦争)の時の名将の名前。やはりあのストーリの根底には太平洋戦争の遺恨があったのだ。昨日監督本人に確認したので間違い無い。  監督は強烈なナショナリストだと改めて認識した。
2001年03月10日 03時12分14秒

 芝居の稽古中。なんか毎回納得できない。下手だ。やっぱり。  師匠に報告したら「死刑囚の役ってお前にピッタリだな」って、笑っていた。  「発声とか分からないんですが」と訊くと「俺もやったことないから分かんない。漫才みたいにがなってりゃぁいいんじゃねぇか?」って、そんな・・・・・・    それでもって、パンフの僕の文章掲載。    首吊り台から笑ってみせる。  これまでやったことのないことをやってみたくなりました。カバティや日舞、カニバリズムも候補に上がったのですが、何故か、芝居を演ることにしました。  それも、死刑囚の役です。僕に打って付けです。  ひたすら、シリアスで社会派で、死に行く人間の淡々とした独白です。  スタッフや関係各位の方々が、これまで会ったこともないほど、誠実で実直な方々ばかりなので、「どこかで笑いを入れましょう」等と口が裂けても言えなくなってしまいました。  首吊り台から笑ってみせる。  もし、僕が死刑の宣告を受けたら、まず間違い無くあらゆる手段を行使して脱獄を試みるでしょう。自分のウンコを舐めて狂った振りをするかも知れません。絞首刑に絶えられるように日夜首を頑丈に鍛えるかも知れません。  しかし、そんなシーンは一切ありません。  主人公は、獄中で静謐かつ情熱的に短歌を詠み続けます。そういう役が果たして自分にできるか心配です。  社会の安全と秩序を著しく犯す者を法が排除し、犯罪被害者の感情回復を支え、社会の平和と安寧の維持に努めるという考え方。  はたまた、血讐原理を法が保証していいのか? つまり、人を殺すという蛮行と同じ地平に法が立っていいものかという問い。この考え方に基づいて、死刑廃止論者は、傷付けられた犯罪被害者の感情回復の手段の代替案を提示するものだ…………なぁんて、ちょっと真人間的に思考してみた。同時に、生きる事と死ぬ事にちょっぴり考えを巡らせてみた。  敬愛するブルーハーツの『首吊り台から笑ってみせる』という歌。  死を覚悟し、死刑台に立った者が、本当に笑えるかどうか演ってみたいと考えております。                  頓首三拝  そのまんま
2001年03月08日 02時24分15秒

新潮45
新潮45、3月号のカミさんとの対談。 p124、上の段、僕の最後の発言。間違ってるんだよなぁ。全く逆のことが記述してある。信用してゲラチェックしなかった自分のミス。「愛という視点で言えば、妻の愛だけで充分」と言ったつもりだったのだが・・・・・・印刷は全く逆の意味になっている。やはり、普段のイメージでこう間違って聴き取られたのだろうか? だったらしょうがないか。トホホホホ。一度ついたイメージを取り去るのは大変だね。失った信用と同じだね。口述筆記は恐いね。
2001年03月06日 03時23分32秒

ナイキ
ナイキと衣装提携した。走るときは勿論、軽いロケや普段もナイキの製品を着て欲しいとのこと。しかし、絶対数が足りない。ワンポーズを三つの仕事で着た。さすがにこれ以上同じものは着れない。ナイキさん、早く、送ってくれ。  ナイキのシューズは抜群である。僕は数年前から、『迅速』シリーズを愛用している。アディダス派だった僕も靴だけはナイキだった。アディダスがデサント撤退でアディダスジャパンになり、品数が急激に減り、加えてデザインや品質がグレードダウンした感は否めない。残念なことだ。  先日、ナイキ本社に赴き、浅利選手や旭化成の川嶋選手が実際履いている靴を履かせてもらった。す、凄いの一言。フィット感、軽さ、丈夫さ、機能性、デザイン性共に現在最高の作品である。
2001年03月04日 16時19分02秒

サンスポ
サンケイスポーツ紙で四月から毎週水曜日、コラムを書くことになった。今日、その打ち合わせ。初回はいきなり、大学の一年次の成績を載せて下さいなんて言われて、思わずかつ反射的にかつ調子良く同意。同意はしてみたがさてどうしよう。あたふた、あたふた。単位、まともに取れていなかったら・・・・・・・じゃぁ。
2001年03月02日 23時18分41秒

そのまんま
 3月13日号、週間プレイボーイ、P159。今度の本のインタビューが載った。その横のページに並んで、今回の芥川賞作『熊の敷石』についての紹介が掲載されていた。  ふと思った。「いつか僕も右側のページに載ることがあるだろうか?」と。  今日から、怒涛の芝居の稽古。膨大な台詞の量。覚えるのに一苦労。  これを覚える練習として、一月、学校の第二外語で履修している朝鮮語の教科書の出題範囲をまるまる覚えてみた。テストは恐らく100点だろう。因みに成績発表は3月26日、27日。  しかし、芝居がテストと違うのは、一発で台詞を決めていかなければならないし、書き直しも、見直しもできないことである。  さぁ、初日(13日)まで、あと10日余り。果たしてどうなるか。  全てまったく初めてのことなので、不安と期待で一杯だ。
2001年03月02日 00時19分09秒

そのまんま
 どなたか、新潮社の『波』という、無料配布の冊子をお持ちでないかい?  そこに『ゆっくり歩け、空を見ろ』に対する中野翠女史の書評が掲載されているらしい。  本屋に行っても無かった。
2001年02月27日 01時15分22秒

そのまんま
こなさん、みんばんわ。 24日に水道橋博士とケイン(「ここ変」に出演している生意気なアメリカ人)と呑んだ。  ケインは思想的なことを平気で発言するし、口調が生意気なので、前に、数年干されていた。僕は昔から知っていて、結構気に入ってる奴です。根はとってもいい奴。本当は日本人。国籍を二つ持っている。奴と宗教論争をすると本当に面白い。  水道橋(小野)から、このページについて、指摘を受けた。上に走っている汽車は目障りだし飽きるから止めた方がいいとの指摘。只今検討中。みなさんのご意見も訊きたい。  それから、いつだったか、早稲田のマスコミ研究会の会合をちょっと覗いてみたことがあった。  テーマが何と、「マスメディアの中のジャニーズを考える」というもの。教室の中に入ると、皆に僕だと気付かれた。僕の後ろに「ジャニーズを糾弾する」という垂れ幕があり、それ込みで写真を撮られそうになった。これは一大事、「ジャニーズを糾弾する」の下に僕が写っていたら、どんなことになるか? 洒落にならない。  昔のジャニーズのメンバーには「ちょっと?」と思う輩が何人かいたけど、最近のジャニーズはいい奴ばかり。特に中居君はいい。別にジャニーズの諸君に殊更反感も意見も持ってないし、誤解されたら大変だとすぐに退室した。  その会に『噂の真相』の編集長(岡留氏がゲストで出席していた。僕は気付かれないように出ていったが、彼は知っていたらしく、そのことを今月の『噂の真相』最後の編集日記に書いていた。因みに、岡留氏は僕の高校の先輩なのだ。  困ったものだ。  危なくて、おちおち、研究会などを聴講できないと思った。  そういえば、去年の11月の福生の米軍基地を撤去する総決起集会も覗いてみたが、とても面白かった。ああいうの好きなんだよなぁ。  今年はどんな集会に参加しようか。
2001年02月26日 15時17分23秒

入試
 今日は、後輩のお笑いグループ、ブラックボックスの前大輔君が、早稲田の二文を受験。  大学王というテレ朝の番組で応援しに行った。沢山の受験生。雨、低温の中、本当にご苦労様でした。前君、大丈夫だったかな。  それより、相棒のP−MAN君の漫画は玄人裸足。今日は僕がネタを出し、彼が絵を書いた。ちょっとカリカチュア―的、ポリティックなネタを幾つか。  その中の一つ、森総理が海を浮き輪に掴まって気持ち良さそうに泳いでいると、そこに海中から潜水艦が突然急浮上、森総理を飛ばすという絵。  それも、潜水艦は森総理をソナーで確認して突っ込んでいる。  そんなネタでした。じゃんじゃん。
2001年02月24日 20時46分14秒

そのまんま
 明日、23日(金)は大阪、『2時どきっ』という関西以西エリアの放送番組。生放送。  明後日24日はとうとうブラックボックス早稲田に挑戦。大学キングという番組で応援に行く。  24日(土)日テレ19時から放送の『道徳の時間』というのをやった。  恐らく、僕は無口になっていると思う。  早稲田の1年次にやった倫理学や哲学とはやはりちょっとレベルが違う。  大衆倫理というのはあの程度なのかな。  ちょっぴり残念。
2001年02月23日 03時10分34秒

ワイドスクランブル
 今日ワイドスクランブルの取材をやった。  22日お昼、テレ朝OA。  芝居の本読みもやった。稽古一週間位。大丈夫かな。
2001年02月21日 20時18分41秒

新作発表
2月23日、『ゆっくり歩け、空を見ろ』新潮社刊  自伝的小説。読め。
2001年02月19日 23時40分54秒